"長年の論争に終止符。GIFの読み方は「ジフ」。「ギフ」ではない。GIFの生みの親Steve Wilhiteが名言。"
"It’s pronounced JIF, not GIF.” ~ Steve Wilhite, the father of GIFs. Well that’s settled."
"I’m not a minister, I’m not a philosopher, I’m not a politician, I’m in another category"
— Cosmic D’Alessandro – Latitudes: Sun Ra Special – Arrival (05.20.13) | dublab
"「一円の得にもならない、それはなんのためだい?」
「わかんねえんだよ!」"
— 三宅洋平@Lion Rock Fiesta 2011 part.2 『Tokyo times Full ver.』 - YouTube
"ソフトウェア作者が彼らのソフトウェアをパブリックドメインに置きたいと考えても、多くの国、例えばヨーロッパ全ての国は著作物を直接パブリックドメインに置くことを法的に認めていない。"
"「<ヴァイナル・オン・デマンド>って知ってる? ドイツの変わり者のオヤジがやってる再発レーベルなんだけど、ノイズとかミニマルウエイブ、シンセポップとか、それも超マイナーな、カセット2本しか出してないようなバンドの音源を掘ってきて、それを木箱入りの豪華アナログで再発してるレーベル。それを世界中の好きモノが買うんだけど、年会費6〜7万払うと、その年のリリースが全部送られてくるわけ。Tシャツ付き木箱入り、18枚組とかさ(笑)。いつ聴くんだよそんなもん、みたいな(笑)。もう4年ぐらい会員になってるんだけどさ、そこまで行くとフェチっていうか、音じゃないんだよね。マテリアルとして買ってるんで。聴こうと思えば音も出るっていう(笑)。買っただけで満足しちゃう」"
"この電器屋の繁栄、ちょっと変ではないか? 原発をなくそうというのが今の世の中の流れだろう。原発がなくなれば、今までどおりに電気は使えなくなるという説もある。するとあの巨大な電器屋は必要なくなると考えるのが普通である。私は原発に関しては「なくすのならば電力に頼った生活を変えるべきだ」という考えだ。夏はエアコンを使わず扇風機とうちわ。貧乏人は風鈴(ふうりん)。風流でよろしい。風流は貧乏人の特権である。冷蔵庫は小さいタイプ。貧乏人は箱に氷。やはり風流だ。テレビの放送時間を半分にし、携帯電話の使用者の年齢制限を決め、街からネオンをなくしパチンコ屋という明らかな賭博場(とばくじょう)は法律で規制し、ゲームセンターならびに個人のテレビゲーム時間も規制する。貧乏人は風流になるし、金持ちは馬鹿にならずにすむ。"
"トイレに行ったら吐いてあったゲロがちゃんとパスタだった。"
"軽々パクっていく"
"1933年、セオドア・ルーズベルトが禁酒法を廃止すると、全国でバー、レストランが復活。飲食業界は営業再開の際、かつてのようにミュージシャンを雇わなかった。彼らはより安価で済むジュークボックスをこぞって導入。ジュークボックスは稼働数は50万台に到達し、その半数は南部にあった。
Deccaは、南部受けするダンスミュージック(スウィング、カントリー、ブルーズ)を制作し、ジュークボックスに人気レコードを供給する戦略を立てた。そしてライバルARCのブランズウィックレーベルから元オーナーのジャック・キャップを引き抜き、同時にクロスビーなど主力陣も移籍させることに成功。これを武器にジュークボックス市場に販売を集中させた。
Deccaは時代をよく読んでいた。
ジュークボックスの流行は、レコード音楽の楽しみ方が変化したことを意味していた。レコードは、それまでリビングで家族と楽しむものだった。だが、1930年代になり、ダンサンブルなジャズ(スウィング)が若者の間でブームを起こすと、家庭ではなく公衆で仲間と楽しむ文化が発生した。ディスコ、クラブカルチャーの原型と言える現象だ。
バーで仲間のかけた音楽を聴いて、レコードショップで購入する。若者の間で、そんな商流も開通した。ソーシャルミュージック、パイロットメディアの誕生といえるかもしれない。
ジュークボックスは1936年には、レコード生産の半数以上を消費。不況下にあるレコード産業の救世主となったが、このおいしいところを全てDeccaは持っていったのである。"
— 連載第36回 ラジオの登場で売上25分の1になったレコード産業、イノヴェーションを重ね復活 | Musicman-NET
"ラジオは、無料で音楽が聴き放題。その上、レコードより遙かに音質がよかった。
当時レコードの音質は3,500Hzだったのに対し、ラジオは5,000Hzだった。レコードはいったん物理的要素が入るのに対し、ラジオはマイクから放送まで電気化されていたからだ。当時の番組は、ライブ放送が基本だった。低音質のレコードをかけても魅力的な放送とはならなかったのだ。サーノフは、ホールやホテルからコンサートを無線中継し、これをAT&Tの長距離電話回線で全国ネット局へ配信した。
レコードなら1枚数万円もした一流歌手の音楽が、タダで楽しめるのだ。リビングの書棚に揃えたレコードよりも遙かにたくさんの音楽を聴くことができた。人びとは史上初の本格的フリーメディアに夢中となった。
ラジオの普及速度は、インターネットの普及速度を凌駕するほどのものだった。RCAによる大規模な放送の開始(1926)から14年で全米世帯の80%に到達している。アメリカでインターネットの普及率が80%を超えたのは2011年だ。
ほどなくラジオは、現在の地上波テレビのように総合バラエティ化する。しかし、音声メディアの宿命だろう。音楽がキラーコンテンツの王座から離れることはなかった。
1927年。ラジオ放送が本格した翌年だ。この年の1億4,000万枚をピークに、レコード売上の下降が始まった。大恐慌のどん底となった1932年には、わずか総売上600万枚にまで激減。実にマイナス96%だ。レコード産業の惨状は現在の比では無かった。文字通り壊滅したのだ。"
— 連載第36回 ラジオの登場で売上25分の1になったレコード産業、イノヴェーションを重ね復活 | Musicman-NET
"昔、マイアミ・ベースにハマった頃、よくローライダーが集まるモーターショーに行ってたんですよ。会場の一角に、ウーファーを何十個も積んだクルマが死ぬほど並んでいてね、けっこう遠くから、低音の固まりを感じるんです。で、近づいていくとベースの沼というか、低音が身の回りをぼわーっと包んでいて、高音は蚊の鳴くような音で、小さく鳴っている感じなんですね。ああいう感じが好きなんです。"
— interview with DJ Nobu, Shhhhh, Moodman - 2013年ミックスCDの旅 | DJノブ、Shhhhh、ムードマン | ele-king
"「ここには人間の表現は何もない。あるのは岩の硬さだけだ。君は耐えられるかい?」"
"よくわからないものを買うって、自己が崩壊するいいチャンスなんですよ。"
— interview with DJ Nobu, Shhhhh, Moodman - 2013年ミックスCDの旅 | DJノブ、Shhhhh、ムードマン | ele-king
"わたしは市井の労働者なので何のムーヴメントにも乗る必要ないからはっきり書くが、この歳になるとべとべとにロマンティックな懐古ロックはどうでも良い。こちらのノスタルジアを、けけけ、と嘲笑ってくれるような、そんな若者の才気が、腰を押さえて「オー・マイ・バック」とか言って働いている年寄りの生活にビタミンをくれるのだ。"
— Foxygen - We Are the 21st Ambassadors of Peace and Magic | フォクシジェン | ele-king